レース

久々の実戦→玉砕

11/8.9 1年ぶりとなるレースへ。娘もミルキークラスにエントリーしたけど、まあ子連れのドライブという位置付けで(笑)。西湖のJCRCレースへ。

土曜 朝は9時にレンタカーを借りていたが、バタバタと準備して出たのは10時半過ぎ。土日は天気が良くない予報だったが、何とか晴れている。まずは去年も行ったふじさん牧場に行き、皆でご飯。その後、検車を受けてからこうもり穴を見て、定宿となった民宿・さざなみに向かい、お風呂とごはん。一日運転していた疲れか、20時過ぎにはもう寝てた。途中3時ごろに目を覚ましてしまうが、しばらくしたらまた眠気が訪れ、ぐっすりと寝られた。

日曜 小雨がしとしと降っている。宿を引き払って自転車を組み立て、トイレに行って戻るとそろそろ召集という頃。娘は走る、というので、私もとりあえずレースへ。レース中、前の人にくっついて走ろうと思うが、だんだんと皆が前に行ってしまい、自分は遅れ気味。直角カーブの上り坂で決定的な差が開く。これ以降は頑張ってもあまり意味がないなと思い、1周目のゴール地点でレースを降りた。

結構忙しくやっていたのと、子供たちが帰ってきてからまた子供中心の生活になってしまい、自分の時間を夜の飲み時間としてしまったところが問題の根底にある。

これを改善しないと来年以降はレースに出る意味がそもそもなくなってしまう。

娘のところに行き、応援。他に走った子は15人くらいいたんだろうか。スタート直後の上り坂でおいて行かれてしまう。その後の直線で盛り返して3人抜いてゴール。世界の中野浩一にメダルとお菓子をもらってご機嫌だった。

その後は道の駅鳴沢の富士山が見える温泉で冷えた体を温める。上の娘と初めて温泉に入った。私が出た後は入れ替わりにかみさんが入り、下の娘は温泉はなしでした。

その後富士吉田うどんを食べ、道志道をドライブして帰る。疲れたが楽しい一日だった。

しかし、このままではだめ、だ。

太るばかりだし、スピードが維持できないと自転車乗ってても楽しくない。

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いやいや、そんなつもりでいちゃだめだ!

一つ前の記事で、帰りの皇居周回をメインに、年内はローラーは軽めとか書いていたけど、そんなんで勝てるわけがない。

というのも、1年前の昇級初戦・3月の修善寺の自分のブログを見て思い出したんだけど。

大体、このときのレースが今の自分の状態より強かったか、さもなくば同じくらいだと思うのだが、この時のレース強度(IFF)が1を超えていた。これは要するに30分以上自分の限界に近い走りをしたということに他ならない。

その時にトップとついた差は2分だった。

ということは、この頃までと同じ練習をしてても、レースでの入賞はおろか、2年前の自分に勝てる可能性も薄い。

L4メニューを20分2本はマストだ。朝に1時間やるか、問題はそれを夜に1時間やるかだけど、夜、娘とのスキンシップを削ってローラーというのは多分できない。娘の遊んで攻撃を断る自信も力もない(笑)。

朝メニューやって、夜は疲れていない日だけ皇居で頑張りすぎない程度に頑張る、という方がよさそうだ。ただ、12月に入ってからだと思うけど。現状はまず酒の量を減らすとか(着実に減ってはいる)、疲労に体を慣れさすとか(これもボチボチできてきてるかな)、まず体の準備が必要になる。そうしないと反動が来て、持続できないから笑。

まあ、11月に気付いてよかった。来年初めのレースが3月なら、4ヵ月はメニューを重ねることができるから。

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今季最終戦

2013 JCRC第11戦 E1クラス 23位

 

手元計時 19.97Km31分12秒 平均【84回転/179W/38Km】

今日は風が強い。過去4回出た中で一番強かったと思う。そのせいか、今回の平均時速が一番遅かった。1周目は最初集団前方で展開していたが、ほどなくしてきつくなってくる。ローリングスタート後は一列棒状だったのが集団になってきて、私は集団内で走ることを選ぶ。1周目の根場の直角カーブで急に集団の速度が上がり、置いて行かれてしまう。やばいやばい、何とか脚を使って復帰。

2周目も特筆することはなく。淡々と進む。段々脚も回復してきた。だが最後のゴール近くになって集団の前方に上がろうかと思うものの、どうにも上がりきれない。前後左右を囲まれているのでうまく切り裂いていくのは不可能な感じ。そうこうしているうちに直線に入り、私の右前方でバランスを崩した選手が落車。煽りでその後ろを走っている選手が巻き込まれたのがスローモーションのように鮮明に見えた。ここでスプリントして順位を伸ばすのは全く意味がないので、周りから遅れない程度にスピードを上げてゴール。

ああ、分かっていたけど特に何もできなかった。レース前も、今回は勝ちに行くというよりは、無事に終えて帰ってこようという気持ちの方が大きかったし。

でも、これで来年もう一段速くなるために練習する踏ん切りは確実についた。というか、踏ん切りは既についてたけど、風邪ひいていたからあまり練習に軸足を置けなかったのだ。

がんばろう。

11月の距離 152.07Km

STRAVAデータはここ

ちなみに今回は前日からレンタカーを借り、忍野八海(観光地化していてきれいな水に感動するより俗っぽさにあきれる)に行き、さらにふじさん牧場というのがあるので、そこに行ってカフェで飯を食べて動物をみたい、という意見が出て、そこに行き、遅めのお昼を食べ、ヒツジに触って馬に乗った。小さい牧場だったけど、感じは悪くなかった。夏ならもっと賑わうのかな。

夜は昨年も泊まった宿に。最後の最後になって娘がぐずり、「おうち帰る、おうちで寝たい」といったのは驚いたが、それ以外はすこぶる順調であった。21時前にはみんな寝たし。

レース後も富士の見える温泉に行き(富士は天気が悪くて見えなかったが)、道の駅やこじゃれたカフェでの買い物、さらに大渡の名水の産直で有精卵を購入するなど、主にかみさんの興味関心に沿ってドライブして帰ってきた。返却時間は予定していた18時ちょうどだった。

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さんざんだけど、織り込み済みでもあり

JCRC群馬、ビリでした泣

10/19 土曜 かみさんが仕事の予定だったが、出勤せずに済んだ。娘の衣替えを行った後、3人で井の頭公園へ行ってボートに乗る。曇り空で、翌日のレースが思いやられる。

酒も飲まずに就寝。

10/20 日曜 3時半起床。しとしとと雨が降っている。1年ぶりのレースなんだからせめて天気くらい晴れりゃいいのに、という願いもむなしく。レースの積み込み支度してレンタカーを取りに行く。娘は「いやーだ、ベッドで寝る、お留守番してる、三人で寝る」としばしぐずったが、ほどなくして寝落ち。

レース40分前に会場下の駐車場着。アップして受付して試走してたら、レースまであと8分くらい。雨は降っている。かなり濡れている。7:50Eクラスレーススタート。

2013JCRC第8戦群馬CSC Eクラス(8周・48Km)

1時間34分(手元計時) 34位(ビリ)

平均【74回転/170W/29.37Km/170拍】

LAP(スタート後2分経ってからスタートボタンを押したので、タイムは不正確)

#1 11分18秒 #2 12分5秒 #3 12分8秒 #4 12分7秒 #5 11分50秒 #6 12分10秒 #7 12分49秒 #8 10分13秒

惨敗と言っていい。61人エントリーで15人がスタートせず。リタイアは12人。完走した中で最も遅かったのが私というわけです。

スタート後、雨で視界が狭いのに、集団の中でうねうねと動いて位置取りをよくしようという人が大勢おり、この時点で私は腰が引け気味。ローリング後のスタートで早々において行かれる。後は基本的に一人旅。淡々とこなす。途中、保育園の運動会で痛めた腰が痛くなってきて、完走は若干厳しいか、という思いがちらりとよぎる。実は5周走ったらおりてもいいかと思っていて、かみさんにもそう伝えていた。だが、5周走った時点で腰は大丈夫なよう。かみさんと娘は3周目までは「がんばれー」と応援してくれていたが、その後はいなくなっていた(娘が車に帰ろう、と言ったのだそうだ。かみさんがハガキを持っていたので、トン汁を食い損ねた)。なので、待たせるのもなんだという心配もなくなったので完走めざして走ることに。ところが、6周目から俺の後ろにバイクがついて走り始めた。嫌な予感。俺はビリなのか・・・? 聞きたいけど、聞いてもしょうがないからとにかく頑張る。7周目はさすがにパワーが切れてきて、前より大幅に遅れてしまう。結局私の後ろにいた12人はDNFということで、完走者でどん尻となった。最後の最後で時速30Kmも割ってしまった。ああ、がっくり。

レースを追えてそそくさと車に戻り、すぐさま着替えて温泉へ。やばい。腰がやばい。ひどくなっている。温泉を出て、水上温泉へ向かい、ヤマゴボウをつなぎに使っているという手打ちそばを食べ、道の駅と酒屋とソーセージショップで買い物して、渋滞に巻き込まれながら帰る(あんな雨でも関越道は混むんだね)。

まあでもこの結果はある意味織り込み済みともいえる。何しろ今までより遅いのに、今までのような練習をしていないわけで。そもそもEに上がった時点で回りはもっと早くなっているのに、練習は増えていないんだから、なめたらあかん、という話でもある。とはいえ、子供が生まれてからこっちは子供が中心の生活になっており、特に今年は年初から救急車で運ばれて、病院に通って、それから転職があって、娘との生活があって・・・と現状でできることを切らさずにやってきたのも確かなことではある。

だが、ここでもうひと踏ん張りしないと、こんな結果が続くだろう。これではレースに出ている意味がない。なので、生活を改める。以前競っていた同じクラスの人が上に上がり、さらにそこで結果を出しているのを見ると、悔しくなる。この気持ちを忘れず、とりあえず11/10の西湖、そして来年一発目のレースまでとにかく練習の質を高めていく。

メニューや1週間での回し方は今考えている最中。近いうちにブログに載せ、実行していく。

20日の距離 アップ6Km+試走6Km+本番48Kmで60Km。

10月の距離 470.79Km

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2012JCRC 第7戦 西湖Eクラス戦

11/10 土曜 午前中、娘の予防接種を終え、高速で西湖に移動。しかし八王子ジャンクションから相模湖まで7Km40分とか言ってる。高尾山方向に進路を変更し、車で大垂水を越える。普段自転車できてるから、この峠はカーブの一つひとつまで覚えている。見事渋滞をクリアし、スムーズに高速に再乗車し、西湖へ。

受付を済ませ、宿でビールと食事。娘が結構いろいろと食べてくれてよかった。家族でお風呂に入り、就寝。

11/11 日曜 7時に食事、支度して8時過ぎに駐車場へ移動。去年と違ってかなり寒い。結局アーム・レッグウォーマーを着けて走ったが、シューズカバーをしてちょうどよいくらいだった。また、グローブも指切りで行ったら寒くて難儀した。

ローラーで15分ほどアップしていたが、娘がうんちしたとのことで急きょおむつを替えたりして、集合時間に10分遅れて到着。9:13レーススタート。

うちらのE2集団は落車なしでスムーズ。最後の方でカーブ区間にE1走者が何人か路肩にいたので、E1は落車があったようだ。1周目でかみさんと娘がどこにいて応援しているのか探そうと思い、先頭に出てみるが、今回は応援がたくさんいたので分からずじまい。そのまましばらく先頭を走り、以降は交代しながら回そうとしたが、うまくいかず、先頭から5~6番目あたりをずっと走っていた。

ゴール前3Kmくらいのところだろうか、右の方から1列5人くらいがすーっと前に上がっていった。これを機に集団が一気に活性化。ここでもっと前で展開できればよかったのだが、気付いたらかなりの人数に囲まれ、中位後ろくらいまで位置が下がってしまう。しかし、集団は一気にペースが上がっており、前に出たくても出られない。こちらとしてもそれまでよりも速いペースで(つまり、そこそこ脚を使って)集団半ばでずっと移動する。

90度の直角カーブを過ぎ、瞬間的に坂になるところで位置取りを上げようとしたのだが、さすがに皆のペースももう一段上がり、さほどよい位置を取れない。結局、カーブごとに少しずつ前に出ていくが、集団は速いし皆もちょこまか動いて前に行こうと必死だから、こっちも早々変な動きはできない。長く使える切れ味鋭い脚がほしいものだ。

ゴール前の直線、どう考えても入賞の芽はないので、安全第一で流していたら、後ろから何人かに抜かされてしまった。あ、みんなスプリントするのね。確かに最後、練習のためにもっと気張って走った方がよかったな、と反省。ゴール後もまったく息は上がっておらず、それがまた圏外走者の悲哀を掻き立てる。

STRAVAのデータはこちら。http://app.strava.com/activities/27575265

スタート地点でスタートボタンを押して時速39Kmだからまあまあ速いレースだったと思う。

今回は空力重視でコリマの50mmエアロで行ったので、パワータップは付けていなかった。STRAVAが計算したデータだと平均276Wだとか。それは嘘だと思うな。FTPをはるかにオーバーしている。

帰りは道志道で。お昼を食べたあたりからぽつぽつ雨が降ってきて。そして娘はチャイルドシートを嫌がるので結構難儀した。

青根の産直ショップに寄ったらあまり野菜がなかったので津久井湖によっていこうとかみさんから指令が飛ぶ。レンタカー返却の18時になんとか間に合う。

11月の距離 180.39Km

まあでも今回の平坦レースで最後まで先頭集団に残ることで、課題ははっきりした。FTPの積み上げ、これしかない。走力が高まれば自然と最後まで先頭で争えるようになる。そうなれば昇格は目前だ。

そして体重。修善寺や群馬の心臓破りで遅れないために、余分なおもりをこの冬にじっくり捨てていこう。

育児を言い訳にしないために、来年の春においしい酒を飲めるように。

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ダメダメ・・・ JCRC特別戦群馬CSC・Eクラス

9/2 日曜 4時20分起床。支度は前日のうちにできていたので、車を取りに行って、かみさんと娘を乗せ、一路群馬へ。東京ではすでに雨が降っており、雨のレースは嫌だなあとか思っていたが、結局CSCでは降られなかった。

この日は午後もレースがあって、昇格狙いだったら午後のレースだけ出る、という選択肢もあったのだが、どうせまだ昇格できる実力はないだろうと思ったのと、CSCのコースを走って実戦経験を積もうと考えたので、午前中の4周レースに出走。

レースの始まる直前、hajime_tamaさんがゴール前でスプリントしていたのをが見えた。どうなったんだろうと思っていたら、優勝とのこと。やった! おめでとう!と 握手する。なんだか興奮してしまい、スタートボタンを押し忘れたままレーススタート。そして300Mくらい走ったところでスタートしたら、LAPが往路と復路でされてしまうという変なことになってしまった(周回コースの走路が近接しているところで押してしまったため)。

1周目の心臓破りで少し遅れ、そのまま2周目へ。前が見えているので、一緒に遅れた選手と二人で懸命に回したのだが、あと少しの差が縮まらない。そしていつものグルペット軍団形成。ただ、今回は最後の直線スプリントで頭を取ろうとギアを二つアップさせ、すぐさま踏みこんだらガシャンといってチェーンが外れそうになってしまい、慌ててチェーンを戻して踏んだのだが、時すでに遅く、集団内の三着でゴール。

だめだ。全然。

力不足・力不足。

L4メニュー走の実施日を増やし、酒を減らして体重を減らすしかない。

10月の群馬で先頭集団内でゴール、11月の西湖で昇格することを目標とする。

これに合わせてとにかくやりきっていこう。

午後のレースではnao_moryさんがクリテで3着に入り昇格。皆が着実に入賞しているのはちょっと焦る。

が、しょうがない。自分のできることを続けて、強くなろう。

レース後は猿ヶ京温泉に行き、まんてんの湯という温泉に入り、その後、道の駅たくみの里というところでそば食べて、農産物や酒を買って帰る。

4時起きで帰りも豪雨の中運転とかで疲れてたから、帰宅後、娘と遊びながらビールを飲む。その後、飯食いながらワインもあける。

9月の距離 74Km

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JCRC 群馬第5戦 7/15 E2 16位

まあまだ勝てはしませんね

4時半起床。昨日、またまた娘の熱が上がってしまった。朝、熱を測ったら39.1℃。

かみさんに任せ、群馬のサイクルスポーツセンターへ。

E2レースは9時過ぎスタート。間に合って良かった。

レース自体は半分、3周目で先頭集団から切れました。

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2012 6/10 JCRC4th 修善寺 E1クラス21位のレポート

昇給初戦 全然アカン・・・

6/9 土曜 前泊のため修善寺への移動日。正午にレンタカーを取りに行く。雨だけどかみさんや娘にも少し楽しんでほしくて、途中高速を降り、下道を行ってパン屋さんやどら焼き屋さんに寄る。さらに晴れてきたので芦ノ湖で娘をだっこして少し散歩してから修善寺CSCのサイテルまで。晩御飯はおいしいし、お風呂は割引料金で湯ーランドに入って満足。晩飯と風呂上りで缶ビール500を計2本飲んだ。惜しむらくは、部屋の布団がかび臭かったこと。そして、女便所でタバコ吸ってたおっさんがいたらしくてかみさんが嫌がっていた…。

サイテルはマレーシアの陸上選手か何かも泊まっていたのだが、皆ロビーで一様にスマホをいじっててなかなかシュールだった。そして夜中に娘がベッドから落ちてサイテルに娘の泣き声が響き渡るなど笑。

6/10 日曜 5:30起床。7時ちょい前に歩いて親子ともども会場へ向かう。

試走 5Km 11分(Intensity=強度が0.977と普段の練習でもめったに見られない数値で、相当頑張っていたと思われる)。レーススピードで走らないと、と思っていたこともあったが、これでブレーキ調整等ができたのは大きい。金曜日、ホイールを外してバランスを取ってもらったら、漕ぎ出しから明らかにスムーズに回る。下りでもスムーズで安心感が大きかったが、ブレーキの効き初めまでの調整は必要。変速も調整してもらったし、これで準備は完璧、と思えた。

整列して、娘に手を振ったら、娘は目ざとく見つけて、手を振りかえしてくれた。かみさんはどこにいるのか分からなかったというのに、大したものだ。

7:46 レーススタート。1周目ののぼりで少し遅れる。ここで無理して頑張らなくても、皆落ちてくるはず、と思ったがそんなことなく、早いペースでどんどん進む。途中下りでも頑張って踏むが、だんだん先頭との差が開く。やばい、やばいと思っているうちに1周目の終わり、最後の登りでさらに差が開く。そのまま集団を拝むことなく、ここから一人旅になってしまい、レース的には終了。ペースはがた落ち。さらに3周目の登りでは2分後スタートのE2の先頭集団にも抜かれる始末。さらにさらに、この時の集団が思ったよりも大きかったため左によってやり過ごそうとして路肩に落ちてしまい、同クラスの選手数名にも抜かされてしまうという失態。焦るが、なかなかリスタートできない。結局その後は2人くらいを抜かして、ゴール。

6/10 JCRC E1レース Intensity 1.007 L1=11分 L4=6分 L5=6分 L6=7分 L7=4.5分

43分5秒 20.1Km 平均【時速27.85Km/64.7回転/196W/175拍】

#1 9分33秒 平均【時速31.45Km/64回転/229W/180拍】

#2 11分19秒 平均【時速26.53Km/64回転/187W/177拍】

#3 11分30秒 平均【時速26.28Km/62回転/182W/172拍】

#4 10分43秒 平均【時速28.15Km/69回転/195W/173拍】

強度が1を超えているから、相当追い込んでいたことは分かる。にも関わらずついていけなかったのだから、ひとえに力不足が大きい。そして、1周目で持てる力を使い果たし、その後回復できずに終了という図式が上のタイムと出力から見て取れる。

もちろんレースだから、先頭集団で展開しなければ意味ないわけで、スタート時点で死に物狂いで前にいよう、という意思がなかったことももちろんよくないわけで、その点は舐めていたとしか言いようがない。そして、最初の段階で集団に付いていけたとしても、その後、ずっと集団でレースを展開できたかどうかとなると甚だ怪しい。優勝者の平均時速は31Kmから32Kmくらい。下りで時速60Kmとかになっていることを考えると、やはり登りの速度の違いが大きな差になって現れたとみていい。

そういえば、最後のゴール前、他のクラスの人を抜かした際、サングラスが落ちてしまった。もうオークリーのサングラス、締め付ける力ががた落ち。夏のボーナスで新しいのかわなきゃな。

天気は良かったのでドライブしながらカエル。三島でウナギを食うことにし、途中で柿田川湧水公園に寄る。富士山の伏流水の吹き出し口はとってもきれいで楽しめた。ウナギはうな繁というお店。ポンプ大帝がツイッター上で教えてくれたお店だったが、大きいお店で並ばずに入れて、子供連れの客が多く、こちらも気兼ねなく楽しめてよかった。

帰って洗濯。娘はこのツアーでよく食べ、よく飲み、おむつ交換のたびにうんちしていた。

そして久々の運転で腰が緊張して、ガタガタである。そんな父は自分へのご褒美でビールと日本酒4合。21時に沈没。

レースの反省点

多々あるが、まずは10分L4と10分レストの3セットでは甘い、ということが分かった。実際、4周40分で、ずうっと休むことなく続くのだから(下りで休めるし、と思ってたから10分メニューと10分レストを組み合わせたのだが、これがアマちゃんだったな)本番前に一度はこのセットを行なっておくべきだった。

→通常メニューのL4・20分レスト10分の2セットへの移行。レース週の本番同等の強度練習の実施。

それと絶対的な出力値の向上。これがなければ上のクラスで太刀打ちできない。

→スクワットによる脚力強化。加圧も取り入れていければ。

体重も減らした方がいいのはもちろんだ。登りが相対的に楽になるんだし。

→減量。酒量は週に3回と着実に減っているので、もうひと頑張り程度で大丈夫。あとは昼飯のそば食徹底と、晩飯の腹七分目の励行。これで4年くらい前に実現してた体重60Kgに持っていく。

あとは、次のレースは絶対最初に最大出力を出してでも、先頭集団で展開することだ。

絶対やれる。次は入賞だ。自分を信じて練習を続ける。

6月の距離 178.95Km

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2012 ツール・ド・ジャパン2012第一戦四日市ステージJCRC Fクラス2位

なんで勝てなかったのか

レースまでを振り返って。

3/17  土曜 7時起床。自転車を輪講バッグに詰めたり、ジャージを用意したり、飯食いながら娘の飯も、そして掃除を終えてもっと時間があるはず、と思っていたら、ばっちり出ないと12時発の新幹線に遅れる時間。

デパ地下並みに進化した東京駅で、凝った駅弁とかかみさんが選べる時間がほしかったけどしょうがない。大体雨降っていて傘を持って行かないと行けないのもかったるい。

新幹線の中で駅弁。名古屋で降りて近鉄線に乗り換え、四日市へ。宿泊の都ホテルの裏が博物館だったので、かみさんたちはそこへ、私は受付へ。

雨のため、石畳を使用する本来コースは落車が増えると予想されたため、前日の受付で急きょコースが変更。2か所のUターンが入る、スピードの上げ下げが厳しいコースとなっていた。軽く試走する。

宿に戻ってからかみさんらと合流し、晩飯スポット探しがてら散歩。いろいろ食指の動く店はあったが、せっかくだから四日市の地のものの店、という訳ではないけど、「ここ一軒で丸ごと伊勢志摩」という触れ込みの「仲見世」で晩飯。バタ貝(緋扇貝)とか、ぶりのてんぷらとか、珍しいものも食べて満足。サービスで娘にゼリーも出してくれた。かみさんに「明日レースなのにそんな飲んでもいいの?」といわれてしまったが、それでもいいや、とばかりにおいしい日本酒と焼酎を飲む。

ホテルに帰ると娘が大興奮。はじめてホテルに三人で泊まるからな。なんか化粧品のキャップをベッドから何度も何度も床に投げてはケタケタ笑っていた。

3/18 日曜 6時半起床。ホテルのバイキングで朝食。娘は少しずつ色々食べてる。父ちゃんも二巡とりあえずは食べられて満足。

タクシーで会場へ。会場周辺でアップ。

エントリーは25人、出ない人がいて、結局20人くらい。

正直に言うと、去年の最終戦・西湖Fクラスで一人逃げを打って10位に入れたので、関東から遠くて人の少ない四日市なら入賞は確実、狙うは優勝、と思っていた。

レースは最初にローリングでコース下見を一周行ない、その後スタート・ゴール地点に戻ってスタート。私の位置は前から二列目。

スタートしてからまったく左クリートがはまらない。はまらなくてもなんとなく行けてしまうのがスピードプレイのいいところだが、今日ははまらないまま行ってしまい、おかげでずるずる位置を落としてしまう。9番手くらいになってしまった。

これはレース後に優勝したやつに(14才!)聞いたのだが、彼がスタートアタックしたので、みんなが付いてきたのだそうだ。まあ、そんなこんなでレースのペースは最初からグーッと上がったのだろう。

正直「これはまずい」と思った。コースが複雑で最初からペースを上げていくメリットはないのだが、先頭近くに入っていないと、以降は後塵を拝し、ポイントに絡めず終わってしまう。これが最大の焦りだった。こっちも上げていこうとするが、何しろ狭くてうまく抜かせない。

というのも、当初は長方形の真四角周回の予定だったのが、雨での落車を避けるために、2か所Uターンで四角形のうち、一辺を使わない形(そこに石畳が貼られてるから)になっている。まあ、正確には違うけど、イメージとしてはそんなかんじ。ということで2車線道路の道の真ん中にパイロンが置いてあって左右を往路・復路に分けているため走路が狭い。狭い走路でポジションをあげられず焦りがさらに増殖する。

そういえば、雨でコースが変更となった結果、5周回の毎回スプリントポイントとなった。その前は10周で偶数周がスプポありだったので、走り方も違ってくる。

さあ、どうしようか。

結局、周りの連中の脚がまだ回っていたので、ここは待機することにして、1周目のスプリングポイントが終わるとみんなの脚が緩むだろうから、ここで上に上がることにした。

1周目のポイントは捨てた形になったが(実際は6位通過で1ポイント付いていた)、結果的にこの作戦は功を奏し、前から三番手くらいをキープすることに成功。あとはなるべくそのポジションで。

2周目。みんなめまぐるしく動きだす。トレックマドンに乗っているやつ(14歳少年で優勝した子)が位置取りもうまいし、スムーズ。ライバルはこいつかなと思ったけど、何が起こるか分からないし、他にも色々とチェック。実は、1周目の周回トップは後ろにいてわからなかったが、実際はトレックマドンの14歳少年が取っていたのを後で知った。

2周目からは自分の位置も前目でレースを進行できるようになった。後はカーブごとに皆に「ラインキープ」とか、声をかけるようにして、落車のないレースを意識してもらう。

2周目は最後まで割とのびのび走れたが、スプリングポイントでは14才くんの後ろで2位だった。その時点で彼に負けると思っていないから(向こうが強いと分かってないから)、彼以外にも注意を払ってしまい、散漫になってしまった。

3周目。このあたりから、先頭付近をずっとキープできるようになり、「回せるんなら先頭交代しながら走ろうよ」と呼びかける。実際、それがうまくいく場面もあったが、総じて皆さん、先頭に立つと引きすぎ。段々ゴールが近くなるにつれ、私も自分の勝ちを意識して先頭交代はさほど呼びかけないようになった。

この周はリザルトをみると3位だったよう。そしてトップはまたしても14才くんだったようだ。結果論だが、ここいらあたりでは優勝者の向こうを張るスプリントをばびゅん!としておくべきだった。反省。

まあでも、このあたりでだんだん皆の走りが見えてきた。1周目の勢いは、ドンっと上がったまさしく花火で、その後は消えてしまうようだった。だから大体のやつは前を走られてもそんなに怖くない。ただ、全体にスピードオーバーでコーナーに突っ込んだり、不必要にスピードを落としていたりする。そうした部分に巻き込まれずに行きたいな、と思う。

4周目もそんな感じで走っていて、余裕も生まれてきた周だった。やっとイニシアチブを握れたかな、って感じ。バックストレートのUターンコーナーで先頭に立ち、そのままコーナーリングだけで差が思ったよりも付いたときは「このまま逃げてしまおうか」という誘惑に駆られた。しかし、今回は確実なクラスアップがなにより重要だと思ったので、途中で何度も後ろを見て追い付くのを待った。

この周回はKAT(?だったか)と書いているジャージの人が、この周は何としても!という感じでゴール前のUターンからかなり飛ばしたので、私はまたも二位通過。そしてジャンが鳴って最終周に。

最終周にしてはおだやかに事が進む。14才くんは私のちょっと後ろで虎視眈々と狙っていたのだろうが、私は気が付かなかったし、誰よりも速くゴールしたくて、前しか向いてなかった(どんなレースでも上手に後ろも見ておく必要があることを学んだ)。

急に後ろからわさわさと選手が上がってきたのは、ゴールライン前250M手前の最後のUターンポイント。中に14才君もいた。今思えば、これが油断だった。

自分が思うに今日のような変則コースの場合、実力が近接していると、最終Uターン位置でレースが「御破算の、願いましては」というか、「そっからまたよーいドン」という感じになる。それは一長一短だと思うが、今回みたいに短い距離の、逃げる人のいないレースなどでは勝負を難しくする方向に働いたので、面白くなったのではないだろうか。いや、やってる最中はそんな風には思えないのだけど。

むろん、最終周のUターンでの位置どりは重要になるのは分かっていたが、3・4人被さってくるように前に出てきてちょっと驚いた。というのは、後ろから人が来るなんて思ってなかったから。だって、Uターンを終えてから250mくらい距離があるから、焦ってポジションを上げたところで、スプリントできる距離感まで持ち込む前に脚を使いすぎてもいいことないのに…。と思っていた。ところが、14才くんは、Uターン後からペースを上げていった。もちろん私もペースアップ。しかし、間にいる何人か(4人くらいだったかな)が邪魔でペースアップできない。Uターンでおっかぶせてきた(ってこの言い方はよくないね。ポジションアップしてきた)人たちだ。

そのままトップスピードに向けて走って行って、やっとばらけて前の人が減っていって、「ようし、こっからまさに俺のもがける距離!」と思って漕ぎだした。

一人抜き、二人抜き。

最後、この人もたれてくるだろうというのは抜かせたが、優勝者は5mくらい前にいて、まったく届かなかった。がっくり。

かみさんが興奮して本気で応援してしまい、だっこしている娘が泣いたそうだ。おれの名前をと叫んだ声が聞こえたのは何より嬉しかった。だからこそ、20人くらいしかいないレースだったし本当に優勝したかった。甚だ残念だが、向こうは速めに仕掛け、私は(勝つためとはいえ)自分の距離からかけていったら遅かった。まあ、そんな思い込みだけで考えるから優勝をかっさらわれたということで。

その考え方の違いが5mという10Kmくらいの短いレースにしては付きすぎた距離になった。

明日からはあのゴール前の距離を埋める作業から始まる。

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2011 JCRC 西湖 F1 逃げた ROCKRACING ジャージ の続き(レースレポはこっち)

昨日はかみさんが風呂に入っているタイミングで娘がぎゃんぎゃん泣き出したため、ばーっと入力して保存して落ちました。中途半端なブログですみません。

レース当日から再度記します。

6:45起床。今回泊まった秋月荘はおばあちゃんがやっている、良くも悪くも中高生の合宿客を目当てにした合宿所的な旅館で、ごはんとかはそんなにおいしくないし、毛布は埃っぽいのであえて使わなかったけど、まあ安い、というところ。そしてほぼセルフサービスだけどホスピタリティは悪くない。という宿だった。

で、飯食ってかみさんも娘も身支度を整え、私も1年以上ぶりのレースということでロックレーシングジャージに着替えてドリンク作って車に乗り込む。その時点では湖畔周回のチームタイムトライアルが行なわれており、交通規制解除の時間を狙って駐車場へ入る。その後一旦会場に行ってまったり。地元婦人会が作るお汁粉(すごく甘かったらしい)をかみさんが食べ、私は無料のバナナとドリンクを手に。ここでJIROさんと再会。今日は先日できなかった奥さんと娘さんへの挨拶ができてよかったです、とのこと。JIROさん、いい人です 笑。車に戻ってからアップ開始。

天気がすごくよくて、アームウォーマー・ニーウォーマーは既に不要。30分のアップで途中5分くらい心拍をソリオ~ソリオ上に入れてアップ完了。日差しが強くて汗びっしょり。

集合場所に行って、レーススタート。

ツール・ド・ジャパン2011 西湖ステージ兼JCRC第11戦 F1クラス (手元記録)30分26秒 12位(くらい?) 平均【38.6Km/173拍/189W】MAX50.44Km・226拍(←これは多分バグ)

コース図はこちら

ローリングスタート以降は終始先頭が見える位置で展開する。最初の時点で幾人かの先頭集団らしきものができたので、折角だからローテして回して行こう、と声をかけて最初こそスムーズに回ったものの、左カーブを曲がると後ろから上がってきた人が入ってきたりしてあっというまによく分からなくなり、その時点で自分はコントロールする意思を放棄。あとは成り行きに任せることにする。

チクリシッモHIDE(ではなくFITTEの子供選手でした。修正します 11/15)の小学生が集団の中でふらふらして危ない。6Kmくらいのブラインドコーナー開始前だったと思うが、後ろに付いた選手が振り回されて難儀していた(自分もそうだった)ので、「ぼく、まだ1周目だからそんなに動かないで、ラインキープで行こうね」と話す(叫ぶ)。その後、私は彼よりも前に位置してたので、どうなったかは不明。

ブラインドカーブが続くコーナーも多少危ない動きはあるが、概ねラインキープができている。集団もどうやらここへ来てレースする集団として機能し始めたように見える。いい感じ。

左への直角カーブを曲がり、一瞬現れる坂を上ると、なぜか集団が段々とペースアップし始める。1周目なのになぜこうした動きが出てくるのか不明だった。スタート・ゴール地点を通過するので少しでもいい位置で行きたい、と思ったのかもしれないが、それにしては動きが早すぎる。そうこうしているうちにS/G地点を6番手くらいで通過。かみさんと娘にハンドサインを送る。というとかっこいいが、ただ人差し指を立てて指差しただけ。

S/G地点を通過すると一気に集団の速度が落ちる。そして明らかに前目で展開する奴が減ってきた。湖尻の左直角カーブを曲がると、もう誰も前の方に出てこようとしない。この時点で私は前から3人目。

こんなたかだか20Kmくらいのレースで様子見とか警戒とかつまらなすぎる、と思ったので、ローテで先頭に出た瞬間に思い切って踏み始める。

本当はもっと後の、ブラインドコーナーが始まる7Km地点あたりまで我慢するつもりだったのだが、速度の落ちたのんびりした様子見でレースが展開、というのが嫌だった。最後だけ急激にペースが上がって斜行する奴もいる落車まじりのスプリント、とかになると嫌というより危険だし。というわけで、予定より早いがとにかくレースを動かしたくて一人逃げを敢行する。

20秒、30秒。逃げ始めこそ振り返ったが同調する人がいなかったので後は振り返ることなく当社比120%のがんばりで走る。50秒。そろそろ心肺が一杯だ。この時点で後ろを振り返ると20Mは差が付いたように見える。これくらいだと10~15秒くらいの差だろうか。考えても分からないので意識しないことにする。沿道では自転車レースを知っているっぽい男性が、「がんばれ! 行ける行ける!!」と応援してくれる。とても嬉しい。

「もっと差が付け! もっと離れろ!」と一生懸命念じながら、しかし体は正直でそのままゆるやかに出力をじりじりと落としながら、それでもなんとか逃げる。

逃げ出した時点では、後ろがお見合いしている間に差を付けて、あとはなるたけその差を保ちながら走りたい、と思っていた。そのためにもブラインドコーナーを利用してアタックをかけ、後ろはその差が分からず、しかもカーブ区間は集団のため減速せざるをえないところを自分はダッシュで加速して離す、というのが最初自分がレースにあたって描いていた青写真だった。

しかし逃げ始めて2分くらい経ったところだろうか、あ、このスピードでもう逃げられない、と思った。心臓も筋肉も肺も、すべてが一杯いっぱいになった。残念ながら自分には集団を引き離す力はなかったようです。まあ分かっていたけど(笑)。ただ、想定していたよりアタックも吸収も早かった。

結果的にまったく仕掛けが早かったわけだが、レースを活性化するために取った行動でもあるから、後悔はしていない。ここはもう一旦休んで集団に吸収されようかな、と思っていたので後ろも見ていなかった。その瞬間だった。

後ろからびゅんびゅんびゅんとカーボンリムがスピードに乗って追いかけてくる音がしたかと思うと「乗れーっ、ついてこい!」と凄まじいダッシュで先を走っていった選手がいた。しかし、今まで逃げていっぱいの俺と、元気いっぱいの彼とでは差が明らかで、その弾丸列車には飛び乗れず。

しかし、あの逃げっぷりと声のかけ方は凄まじく男前だった。レース後、挨拶して健闘を称えたかったのだが、会場内を探しても彼の姿がなかったのが残念。

燃え尽き感ありありで集団につかまる。情けないけどしょうがない。これだけ燃え尽きてしまった感じだと集団からもちぎれて一人旅なのかな、と思ったが、なんとか集団の40番目くらいに留まれた。この位置で回復を図る。

コースはブラインドコーナーの連続で、依然として男前な彼が逃げている。「タイム差が付いてまずいぞー! 誰か追えー!」と叫んでる奴がいる。(なんとブログを見て、ご本人よりコメントをいただきました。そのときはタイム差が付いているから回そうと前に出ながらそう叫んだ、とご指摘をいただきました。レース中の血が上っている状況で、記憶を頼りに書いているので間違えたようです。ご本人にここで深くお詫び申し上げると同時に、当該部分を自分への戒めとして削除するのでなく取消し線で消去します)。まずいと思うなら自分が追えっつうの。この人は結構年配で(←ここも違いました。私と同い年でした。失礼しました)よく声は出ていたけど走り自体は小刻みに斜行したりしてあまりうまくなかったので、申し訳ないがなるべく近づかないようにしていた(←ここも非常に不遜な表現ですが、レースを構成する一選手の主観ということでご寛恕ください)。

逃げていた彼との差は20秒以上だったと思うが、やはり集団の力は偉大で、湖畔から離れる左コーナーのあたりかその後で集団が吸収した、ように思う。位置取りが中団以降だから正直、先頭で起きたことはよく分からない。

しかし、勝負は終ってなかった。左コーナーを曲がって一瞬現れる坂で、異変が起きた。

周りの連中が急に減速し始めたのだ。

えーっ、みんなそんなに疲れてたのー!?

普通に登っているだけでどんどん抜かしていく。ここで先頭が見える位置まで復帰してしまう。なんなんだ、と思うが、これはもしかしたら俺にもチャンスがあるかも、という思いが一瞬だけよぎる。一瞬だけよぎるが、やはり先頭付近では一気にペースが上がり、一度燃え尽きた体ではペースアップに付いていけても先頭に出て行くほどの力が残っていない。レース後の反省としては、ここでもう一度先頭に出られる力を付けないとだな。

いくつか小刻みなやや登りのカーブを抜けながら、ゴールが刻一刻と近づいてくる。集団はそわそわし始め、やがてみんななりふり構わず前にかぶせてくるようになり、自分の前方には前者の後輪に前輪をハスる奴が出た。「危ない!ラインキープ!」思わず叫ぶ。このとき、位置取りの関係から左側をずっと走っていたので、左コーナーが続く終盤では落車に巻き込まれる危険があった。レース後振り返ってみれば、もし勝つ気だったら途中からなんとしても右に出ただろうから、そのことをとってもスプリントに参加しようという気持ちがなかったことが分かる。でもまあ、落車に巻き込まれるのだけはごめんなので道の左右真ん中目に位置する。

最後の直線に入ってゴールが見えてきた。その時点で先頭は自分と5秒差くらいだろうか、ぱっと数えても6位入賞の芽はないことが分かる。

自分がもがける距離になってからスプリント開始。最後、前の選手がタレたのでこの選手を抜かそう、と思ったがその選手が進路をふらふらさせたので危ない、と思ったあたりでゴール。抜かせなかった。

順位は12位くらいじゃないだろうか。1年ぶり以上のレースだったが、自分で考えて(考えて? 直情に任せて行動しただけか 笑)動いたし、1回集団に戻ってからも自分でも驚くくらい走れたので、レース展開で他人の思惑にけちをつけるかのごとくヘンな独走をするのではなく、次は真剣に勝つことだけを考え、上に上がってやろう、と思えた。不遜な言い方だけど、十分通用する力が付いた、と感じられたのは収穫。

会場に帰ってみると笑顔のかみさんと娘がいた。「レース中逃げてるってりょうちゃん名前呼ばれてたよ」と言われる。そうか、そんなことがあったのか。ちょっと嬉しい。「でもその後順位に変動がありましたね、っていわれたからああ、ダメだったのか、こりゃ負けかなと思ったけど」とのこと。そんな私にふさわしいのはorzという言葉です。

ここでモリーさんにも再会。モリーさんにも「名前呼ばれてましたよ」と言われる。これで結果が伴っていればもっとよかった(笑)。

帰りは道志道をドライブ。途中、前から入ってみたかったレストランHOROHOROに寄って遅めのランチ。さらに途中のデイリーの駐車場でよく野菜を売っていたから、ここで買おうと思って寄ったところ、何とここの野菜は産直じゃなくて市場から仕入れていることが判明。まさかの事実。お店の前でたむろしているこの人たちはお百姓さんじゃなくて商人だったのか。

そこで結局津久井湖畔の産直で野菜などを購入。レンタカーの返却時間が迫っていたからあまり寄り道したくなかったがなくことかみさんには勝てない。

返却予定を1時間以上オーバーして帰ってきたが、楽しかったしもっと練習してもっと強くなってやろうと素直に思えた。

明日からローラーしようっと。

日曜日の距離 33Kmくらいかな

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